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FEATURE / MOVEMENT

未来のレストランへ 10

レストランは楽しい、を次世代に伝える。

東京・目黒「kabi」安田翔平さん、江本賢太郎さん

Nov 24, 2020

text by Noriko Horikoshi / photographs by Atsushi Kondo

ウイルス、自然災害、経済の停滞……、
どんな苦境に面しても、立ち止まらず歩みを止めず、前に進む力はどこから湧き出るのか。
コロナを経てもなおも逞しく歩みを進める5軒の「これまで」と「これから」を紹介します。


誰かのせいにしない、誰かに期待しない。

「無理してやらなくていいかな」
「なるようにしかならないよね」
コロナ真っ只中の4月、レストラン「kabi」の経営者であるシェフとソムリエの2人は、そんなシュールな会話を交わしていた。諦念を帯びた呟きのようで、強気に聞こえなくもない。とりわけ、それが先の見えない自粛休業中の発現だとするならば。が、根拠のない楽観とは違う。確かな理由と背景が、彼らにはあった。

2017年11月のオープンから2年半。共に海外のイノベーティブレストランで腕を磨いたシェフ安田翔平さんと、ソムリエ江本賢太郎さん、若者2人が立ち上げたレストランの躍進ぶりは、出だしから華々しかった。その〝新しさ〞を数え上げたら、キリがない。


安田翔平シェフ(右)
大阪「ラ・シーム」や白金台「ティルプス」、デンマーク「カドー」のシェフを経て独立。
江本賢太郎さん(左)
調理師学校卒業後、カリフォルニアに渡米後、オーストラリアへ。「NORA」などのソムリエを経て独立。



9月のメニュー、セビーチェ風の一品。複数のピクルス液をレイヤーのように重ね、陰影に富む酸味を表現。



ノンアルコールペアリングは6000円(税サ別)。完熟南高梅と発酵プラムのシロップ漬けに米酢を加え、ソーダで割った1杯。


修業先の北欧で開眼した発酵やだしの食文化を、日本料理に変換して表現するアプローチ。ナチュラルワインを主軸に日本酒、スピリッツ、発酵ジュースやお茶も組み込む攻めのペアリング。
揃いのワークシャツ姿でオープンキッチンに立ち、お客とのフリートークもガンガン交わすクルーの距離感。にもかかわらずの、12,000円のテイスティングコース一択、ペアリング込みで20,000円超えのハイエンドな料金設定。そして、夏場の7・8月は、値段をぐんと下げ、7,000円のコースメニュー〝サマーカビ〞1本に切り替える潔さ。



7・8月限定のコース“サマーKabi”より、岩牡蠣に重ねた夏野菜の素揚げに、鮮やかなフレッシュハーブを盛り込んだ一皿。



子連れ利用が多い開放的な半個室。

「もっと若い人たちにも来てほしくて。思い切って敷居を下げて、レストランの楽しさを知ってもらおうと始めたこと」と安田さん。若い人ばかりか、赤ん坊の来店も大歓迎。ついでに好奇心のアンテナが高いアーティストや海外のフーディーズの来店が増え、連日満席の活況を生む呼び水となった。今年2月には2店目「CA VEMEN」を都心にオープン。世界各国からの志願者も含め、スタッフは両店合わせて25人規模に。
つまり、何もかもがうまくいっていた。絶好調と言ってもいい。そこに来てのコロナ、だったのだ。


楽しめることがすべてに優先する


江本さん曰く、「最初にやばいな、と思ったのは3月中旬頃」。常時3〜4割を占めていた国外からの予約キャンセルが相次ぎ、海外の友人たちはロックダウンの生々しい状況を伝えてきた。「感染が広がるなら、店を閉める以外の選択はない」と、2人は4月1日から無期限の営業停止に舵を切る。ここでもチームカビは潔かった。テイクアウト営業を思い立つも、本格始動には至らず。どうにも気が乗らなかったのだ。


カウンターは12席に、4人席のテーブルも1台減らし、密を避ける。

「先行き不明な暗いムードの中、テイクアウトで少しでも明るい気持ちになってほしいと思ったのですが、テイクアウトだとどうしても本来のクオリティと差が出てしまう。胸を張って提供できる自信がありませんでした」と江本さん。
「カウンターで動く姿を見てもらって、喋りながらのライブ感があって。料理の質だけじゃなく、空間や器、音楽も含めた世界観を共有して楽しもうよ、というのがKabiのスタイル。食べ手の顔が見えない状態で、気が進まない料理を作るなんて。楽しくないにもほどがある。重大なモチベーション違反だと思いました」


クルーの平均年齢は20代。現在はほとんど帰国中ながら、外国人スタッフも多い。「従業員というより、飲み友達みたいな関係」(安田さん)をキープ。ランチは、賄い担当の右端の田井將貴さんが担当する。

「楽しいこと」は、店で働くスタッフにとっての生命線でもある。「あっちゃん」「タイくん」と名前で呼び合い、大音量の音楽をバックに仕込みの手を動かす彼らの誰もが、実にノリノリで楽しそうだ。
「指導? 育成? 考えたことないです」と安田さんは真顔で言う。「やりたいことを、やればいい。自分も、やりたいことを集中してやるだけのこと。怒られて楽しいヤツなんていない。腹が立つのは、相手に期待するから。僕は、他人に期待しないんです(笑)」

かつて修業したコペンハーゲンの「カドー」では、一切の上下関係がなく、多国籍のスタッフが対等に仕事を任され、全身で楽しんでいたという。その心地よさを知り抜いているから、安田さんは週末のランチの采配を、ずっと若手のシェフに任せてきた。長い休業期間を経て営業を再開した今も、そのしなやかな〝伝統〞は受け継がれている。


出発点に戻って飲食から新しいカルチャーを


そうは言っても、現実的には厳しい局面にもさらされた。「経営的にも精神的にも、4月が特に苦しかった」と江本さん。3月に仕入れた食材の請求が、休業中の4月にまとめて届く。各種給付金の申請は済ませていたが、スタッフの給料6割、固定費を支払えば、たちまち資金繰りに窮する。

「やめるなら、傷が浅いうちがいい。どうやってつぶそうか?」
ステイホームが長引く中、そんな物騒な相談も交わされたという。しかし、思わぬ援軍が現れた。顧客であり、友人でもあるデザイナーや写真家たちが、自作のTシャツや写真を販売するドネーションサイトを立ち上げてくれたのだ。親交のあったニューヨークのプリントスタジオ「LOOK STUDIO」のメンバーからも自主制作のドネーションTシャツ100枚が届き、サイト全体での売上は200万円を超えに。財政上のピンチを支えるとともに、再開に向かうチームKabiの背中を押してくれた。


ドネーションサイトで販売されたTシャツ。左は日本、右はアメリカのアーティストの友人によるプロダクト。

5月後半、安田さん、江本さんは新店のリーダーと3人チームを組み、2週間のスペシャルディナーを敢行。ドリンク込みのコース30,000円という高額設定にもかかわらず、再開を待ちわびた常連を含む延べ120人が来店した。

「スタートは毎晩、カウンター越しのお客さんとの乾杯から。久々に目の前で料理できて、たまらなく楽しかったし、手ごたえもつかめた」と安田さんは振り返る。
6月1日の通常営業再開から4カ月。ソーシャルディスタンスで席数は減っているものの、店はコロナ前と変わらない賑わいを取り戻しつつあるように見える。しかし、見えない変化は確実にあった。

「立ち止まるしかない状況の中で、『Kabi』の出発点に立ち返れたことが大きかった」と江本さん。「なぜレストランを始めたかといえば、好きなこと、面白いことがしたかったから。そして、飲食からカルチャーを巻き込み、波動を起こしていける確信もある。今はまだ制限があるけれど、やっぱり、“レストランは楽しい”と思ってもらえる活動を、僕らにしかできない形で続けていきたいです」










◎Kabi
東京都目黒区目黒4-10-8
☎03-6451-2413
19:00一斉スタート12000円・10品程度
12:00一斉スタート6000円・6品程度
(税・サービス料除く)
昼は土曜のみ 日曜、月曜休
JR、東京メトロ目黒駅より徒歩8分
https://kabi.tokyo/





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