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SDGs

米田肇シェフ×生江史伸シェフ

「これからの料理人のあり方」

調理技術教育学会 第2回学術大会より

Sep 30, 2021

text by Sawako Kimijima / photographs by HAJIME, L'Effervescence, Yasuyuki Nakano

この1年半、料理人という料理人が困惑し、悩み、迷い続けたのではないでしょうか? 新型コロナウイルス感染拡大によって飲食業界が直面する事態は、多くの料理人に自らの存在意義を問いかけています。8月17~18日に開かれた調理技術教育学会 第2回学術大会のテーマは、「これからの料理人のあり方」。初日冒頭の「HAJIME」米田肇シェフと「レフェルヴェソンス」生江史伸シェフによるパネルディスカッションでは、「食に携わる人間は社会でどんな役割を担っているのか。どこを目指すべきなのか」が解きほぐすように語られました。示唆に富む対話をダイジェストでお届けしましょう。

料理が発する人類へのメッセージ。

最初に、米田肇シェフのシグニチャーディッシュ「Chikyu 地球」の話から始めよう。
店を訪れたことはなくともこの料理は知っているという人は多いに違いない。2008年の独立開業時に誕生した自然へのオマージュ。地球上の水の循環、ミネラルの循環を表している。雨が山に降り注ぎ、川をつくり、海へと流れる。水は地層を通って染み込み、大地がその力を蓄え、植物が吸い上げる。海でミネラルと出会うのは貝類。食することで人間もその循環に組み込まれるという壮大な料理である。

当初「Mineral ミネラル」の名称で登場し、2012年のリニューアル時にスケールアップして「Chikyu 地球」と名前を変えたが、メッセージは一貫して変わらない。「地球を含めた宇宙の均衡と調和という秩序の美」だ。世界中で多発する豪雨、台風、ハリケーン、山火事が、気候変動の加速度的な進行を警告する今、この料理のメッセージは切迫感を増している。

「Chikyu 地球」。100種類以上の野菜で陸を、貝のエキスで雲と水を描き出す。地球を含めた宇宙の均衡と調和という秩序の美を表す。

生江史伸シェフは、「Chikyu 地球」を「浄化の皿」と表現する。
「この料理には貝類のだしが使われています。貝という生物には水を浄化する働きがある。僕の解釈からすると『今の地球の姿は間違っているよ、それをこういう世界に戻していこうよ』という浄化の皿なんです。この料理は食べ終わるまでに非常に時間がかかる。それだけ長く、肇さんのメッセージと向き合わなければならない。尊い料理です」

料理人が料理をつくるという行為には、一般に思われている以上に多くの意味と意義がある。


厨房の外を広く知らなければ、調理技術は行使できない。

「調理技術とは社会的技術である」と位置付けるのは生江シェフだ。
「身体能力でも生存能力的にも脆弱な人間は、協力し合って社会を構成していかなければいけない。歴史の事実からも明らかです。一緒に料理を作って共有感を持ち、一緒に食べることで共有感を高める、それが人間社会の特性であって、つまり調理技術とは、原始時代から今に至るまで継承されてきた人類固有の技術であり、社会的技術の最たるものでしょう。言葉によるコミュニケーションで互いを理解し合って争いごとをなくすことと、共通の調理技術でもって協働することには、相通じるものがある。この技術を使って社会に貢献することは、人間の根源的な活動であり、だから、単に経済を支えるとか飲食産業を支える技術として使っていくという考え方はないのではないでしょうか?」

米田シェフは「食が人間の社会行動に与える影響は大きい」とした上で、「いつしか“合成の誤謬*”が起きてしまっているのではないか」と指摘する。
「原始時代から考えれば、いかに食べ物を消化しやすくするかなど、調理技術は生命を維持する方向に進化してきたと言えます。人間は、生き延びるものを口にすると『おいしい』と感じる感覚がある。たとえば、脂肪・糖質・タンパク質がバランス良く入っていると『おいしい』と思う。
しかし、『おいしい』は、その延長線上で社会に対していろんな影響を及ぼします。小さなグループだった人類という生物が地球全体を覆ったことで様々な問題が起きている。食のありようや調理技術の使い方を調整しなければならなくなっているというのが現在の状況ではないでしょうか。食を社会構造の中でどう機能させていくかは重要です。これから先、どのような社会をつくっていくのかを丁寧に考えながら、食のあり方、調理技術のあり方を模索する時代に来ていると思います」

*ミクロの視点では合理的な行動であっても、それが合成されたマクロの世界では必ずしも好ましくない結果が生じてしまうこと。

「レフェルヴェソンス」では、昨年6月、薪火を導入。「薪火による調理は新たな知見と味の感動を与えてくれた」と生江シェフ。薪は東京・檜原村のミズナラの間伐材を使用。
photo by Nathalie Cantacuzino

事実、人口爆発による食糧危機が囁かれ、資源の循環や再生可能エネルギーといった社会課題を抱える今、調理技術がカバーすべき領域は拡がっている。
では、調理技術の習得において重要なこととは何か?

「ひとつは知識。もうひとつは知識を体系化して実行する能力。野球で言うと、ルールを知っているけれど、バッターボックスに立ってヒットを打てるかどうか。両方が必要です。学校は知識中心型、実社会は実行力中心型。シェフになると、両方のバランスが求められますね」と語るのは米田シェフ。

一方の生江シェフは、フードシステム全体における料理人の立ち位置という視点から語る。

「調理技術は食べ手がいることが前提で、その人たちに『おいしい』という価値を通じて幸せになってもらうことがゴールですが、スタートラインには生産物があります。僕らが調理する素材は、時としてジビエや野草という自然物もありますが、9割9分以上が家畜化された動物と栽培された植物です。それらは育て方によって仕上がりがまったく違ってくる。そこを勉強して、スタートラインとゴールをつなげなければなりません。

僕はそれをひとつのループと捉えていて、その中に僕たちはいる。どこからどうやって運ばれてきたか、どのように手当てされたのか、どのように保存されたのか、ということにも、調理技術は適合しないといけない。そして、それをどういう人たちが食べるのか、おじいちゃんおばあちゃんなのか、血気盛んな若者なのかによっても変わってくる。川上から川下まで、生産の場から消費の場のどこに自分が位置していて、どこへ向かっていくかとも調理技術は連動する。ということを意識する必要がある」

調理技術が行使されるのは厨房でも、厨房の外を広く知らなければ行使できないとの生江シェフの指摘に米田シェフも同意する。
「関係性をどこまで能動的に捉えられるかはすごく重要です。食材って、目の前にあっても何も言ってくれない。こちらが観察していかないといけない。食材を取り巻く関係性も我々を取り巻く状況もこちらから考えていかなければならない。キッチンから、ホール、レストラン全体、地域社会・・・、能動的に考えていくと、どんどん広がっていきますね」

レストランはフードシステムのループの中にある。そこを認識すると調理技術の捉え方も変わってくる。写真は「レフェルヴェソンス」のプレゼンテーションから。


「料理人」と「調理師」の違い。

ところで、「調理師」と聞いて、どんな姿を思い浮かべるだろうか?

米田シェフは「“調理師”ではなく“調理士”の文字を使ったほうがよいのではないか」と唱えてきた。
「労働システム的な問題ですね。労働集約型の飲食業はどうしても調理師の労働時間が長くなります。改善策として、AIの導入も検討されていくでしょう。身体を使う労働と頭を使う労働に分けて、食器を洗う、掃除をするなどの実行性の高い作業はAIに任せ、人間は頭を使う労働の比重を高くする。そうなると、調理師を建築という領域における建築士のような位置付けと捉え、“調理士”と表記する考え方もあるのではないか?」

メディアでシェフやレストランを取り上げる際には「料理人」が使われ、「調理師」はまず使われない。どちらも調理技術者を指す言葉だが、「調理師」は資格上の名称で、業界用語の印象をぬぐい切れない。Googleで検索すると、「料理人」が9億3400万件、「調理師」は 93,90万件。では、「料理人」と「調理師」の間にはどんな違いがあるのか? 

「料理人と調理師、それぞれに意味があるから2つの言葉が存在しているのだと思う」と生江シェフは言う。
「さっき、肇さんが『能動的』という言葉を使っていて、それを聞いてふと思ったのですが、料理人は能動的、調理師は受動的なのかなって。フードシステムの川上川下の話ですると、料理人は能動的に農家のことを考え、育っている野菜や家畜の気持ちになってみる。また、お客様のほうを見て、彼らがどんなふうに感じながら食事しているかを感じ取る。
一方、調理師という制限のついた言葉の中では、そこまで考えなくても、食材は毎日注文すれば届くし、お客様は来てオーダーしてくれるからそれに応えるってニュアンスなのかな。今、思い付いて言葉にしてみたことなので、もっと考えを深めなければなりませんが、2つを比較することで料理人がどうあるべきか見えてくる気もします」

生江シェフの発言を受けて、米田シェフがイメージを描く。
「調理師って垂直の統率系のイメージがありますね。対して、料理人は水平のネットワーク。動物と植物で言えば、調理師は動物的。動物には脳があり、脳から指令を出していく。移動することを生物として選択していますが、統率系なんですね。今の社会は概して統率系です、政治システムも上から命令が下りてくる。厨房もそうですね。
一方、料理人のネットワークって意外と植物的です。大地だったら、そこに住むと決めて、そこの環境に適応する。植物は実は考えているとか、ネットワークを持っているとか、研究が進んでいますが、料理人になると水平的で共存的なネットワークに入っていくのかなと思います」

「Chikyu 地球」を盛り付ける米田シェフ。食べ進む順番を考えながら、調理法、温度、食感の異なる食材を緻密に組み立てる。「通る道が違っても同じゴールにたどり着くように調和を図る」


DoingではなくBeingでいられる社会。

コロナ禍によって飲食業界は大打撃を受けた。「存在意義を考えずにはいられない」と語る飲食店従事者は少なくない。2人のシェフはレストランの存在意義をどのように捉えているのだろうか?

「もし、レストランがなかったら、外食産業がなかったらと想像してみると――」と生江シェフ。
「けっこう荒っぽい世界になるだろうなと思いますね。料理を通じて、飲食を通じて、サービスを通じて、違いのある2人以上の人たちが集まって共有感を持つことで、様々な違いを超えていく作用がレストランにはあると、僕は信じている。日本語で美食という言葉がありますけれど、美しい食を愛でるという共通認識、目で、舌で、鼻で、手で美しいと感じる共有感は、健全な社会、平和な社会、争いのない社会への道筋になるんじゃないか。すなわち、レストランには社会の自浄作用があると思います。

産業や経済を復興させるっていうと、どうしてもお金の投じ方が荒っぽくなりがち。でも、そうじゃない、反対側の人間のエネルギーの使い方、食を通じて、外食を通じてお金を投じていくようなことができたらいい。僕らもそれに関わっていけるとしたら、この仕事は尊い仕事だなぁと思います」

オープンから10年でミシュラン三ツ星を獲得。時間をかけて築いてきた「レフェルヴェソンス」のチーム力には定評がある。

「心がなければレストランは営めない」と2人は口を揃える。決して多くの経済的利益を生むものではないだけに、レストランを成り立たせるのは心である、と。そんなレストランだからこそ、これからの社会づくりのカギを握ると米田シェフは言う。

「労働集約型産業で、手仕事である。生きた食材ゆえに在庫を持てない。生産しても賞味期限が短く、すぐに売らなければならない。飲食業は構造的に、生産性が低い、内部留保が少ないという脆弱性を持っています。でも、文化としては重要な位置を占めている。これから先、どのような社会をつくっていくのかを考える時、多様性であるとか包摂性であるとか、いろんなものを感じ取り、受け止めて、受け入れて実現する場であるレストランは重要であると思います。

どの存在も幸せになるような社会を目指さないといけないけれど、今はそうじゃない。今って、doingなんですよね、何をするか。これからはbeing、そこにいるだけでいいよ、という社会を目指していかないといけない。その時、料理を通して何かできることがあるんじゃないかというのはすごく感じることです」


これからのクリエイションの糸口は?

ミシュランガイドに「イノベーティブ」というカテゴリーが登場したのが2013年版。「革新的」と類別される料理のバックグラウンドにあるのはNature&Scienceと言っていいだろう。自然を題材として、食材には科学アプローチをというスタンスだが、今後のクリエイションの糸口となるのは何か?

生江シェフは「科学的な観点から言えば、心理学や脳生理学は着目するところ」と述べる。
「エルヴェ・ティスやニコラス・クルティが分子レベルから料理を考えることで、調理技術のユニバーサルデザインをつくったと言えます。達成されたかどうかはさておき、技術論でいうと、調理技術のユニバーサル化が進んだことで世界中のシェフたちの料理が均質化していった側面はある。じゃ、その後に何が起こるのかと言ったら、心理的な関わり合いがまだ研究されていない領域かなと思う。技術との掛け算で、こういう技術を取り入れるとこういう感情が生まれるとか、サンプルがいろいろとれると思いますね。肇さんの前では釈迦に説法ですが(笑)、研究されていく領域だなと思いますね」

米田シェフが語るのは、他領域とのリンク性だ。
「料理って、これまで料理単体で考えられてきた側面が強いと思いますが、元来、別の分野とのリンク性がすごくあります。様々な関係性の中に料理はある。クリエイションの必須要素としても、社会の構造を考える上でも、他領域との関わりという視点を持っておかなければ」
ちなみに米田シェフは人工知能(AI)を研究開発するソニーの子会社、ソニーAIが推進する「ガストロノミー・フラッグシッププロジェクト」やJAXAとシグマクシスが企画・運営を行なう「Space Food X」に参画するなど、先進的な領域に関わる。

「宇宙における調理技術はまだ誰もやっていない。無重力における味覚の研究はもちろん、宇宙で栽培をして、調理をして、食事をする、サービスもそうですよね、その技法を確立していかなければならない。地球環境の持続期間が残り10億年と言われています。その前に、宇宙での生活様式を考えなければと参加しています」

調理技術は常に人類の進化と共にある。調理技術が人間社会のあり方に影響する。私たちはその事実をもっと自覚すべきであると、2人の料理人の対話は教えてくれる。


米田肇(よねだ・はじめ)
「HAJIME」オーナーシェフ。近畿大学卒業後、エンジニアを経て、エコール辻󠄀大阪に入学し、料理の世界へ。「ガストロノミーを通して、人類の未来に貢献する」というビジョンを掲げ、様々な分野に挑戦。世界最短でミシュラン三ツ星を獲得、The Best Chef Awards・アジアNo.1シェフなど、世界のランキングにランクインする。辻󠄀静雄食文化賞専門技術者賞、KINDAIリーダーアワード文化・芸術部門賞、農林水産大臣料理マスターズ、『GAULT&MILLAU 2021』では「今年のシェフ賞」を受賞。JAXAのSPACE FOODSPHERE、Sony Alアドバイザーとして活躍。

◎HAJIME
大阪市西区江戸堀1-9-11アイプラス江戸堀1F
☎06-6447-6688
http://www.hajime-artistes.com/index.html
Instagram:@hajime_restaurant

 

生江史伸(なまえ・しのぶ)
「レフェルヴェソンス」エグゼクティブシェフ。大学在学中、生活のために始めた皿洗いがきっかけで飲食の世界へ。卒業後にイタリアンレストラン「マンジャペッシェ」に就職。2003年から北海道「ミッシェル・ブラス トーヤ ジャポン」でフランス料理を学び、その後英国「ファットダック」で修業。2010年「レフェルヴェソンス」を立ち上げ、全国の生産者や世界のシェフたちとの交流の上に、都市におけるレストランのあるべき姿を築いてきた。2020年、ミシュラン三ツ星を獲得。2018年には六本木にベーカリー「ブリコラージュ」を開き、日常の食にも取り組む。今春から東京大学大学院に在籍。

◎レフェルヴェソンス
東京都港区西麻布2-26-4
☎03-5766-9500
http://www.leffervescence.jp/
Instagram:@leffervescence

◎調理技術教育学会
https://www.cte-jatcc.jp/

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